はじめに

事業会社のITコストは、なぜこうも毎年増え続けるのか。
景気が悪くても、現場が疲弊していても、DX、AI活用、業務改革の名のもとに新しい施策は増え続ける。
しかも個別施策だけ見れば、どれも一応は合理的で、反対しづらい。

問題は、施策の良し悪しではない。
**「増やすことは評価されるが、減らす意思決定は評価されにくい」**という組織構造そのものが、ITコストの増大を生む。
これが本稿の結論である。

もちろん、減らすこと、削減を評価しているというマネージャーや経営層は多いだろう。
だが現実にはそうなっていない。その証左が、増え続けるITコストである。

本稿は基本的にいわゆるJTC(Japanese Traditional Company)を念頭に執筆しているが、それ以外でも当てはまる事はあると考える。


まず誤解を解く

本稿は「新規施策が悪だ」と言っていない。
新規施策が必要な場面は当然ある。実際、現場のボトルネックを解消し、収益機会を生み、監査要求に対応するには新規投資が不可欠な局面が多い。

問題は、痛みを伴う廃止・統廃合をトップが決断しない・出来ないことにある。
さらに、決断できる人物をトップに据えない体制と、心理的安全性を盾に衝突を避け続ける風潮、果ては終身雇用・年功序列の崩壊までが、絡み合ってそれを固定化している。

その結果、個々には正しい新規施策が、全体では固定費を毎年積み上げる事になる。


現場で起きていること

典型的には次の順で進む。

  1. 新規施策や改革提案は「前向き」であり、組織的に評価されやすい。
  2. 生産性向上、コストダウン、標準化を掲げた新システム導入は、稟議を通しやすい。
  3. 心理的安全性重視の空気の中で、前向きに見える提案は批判されにくい。
  4. 施策は増える。導入時点ではどれも一定の効果を持つ。
  5. だが同時に、ライセンス費、保守費、運用要員、監査対応、教育コストも増える。
  6. 既存業務が一部でも依存すると、誰も廃止・統合の意思決定が困難になる。

この構図が毎年繰り返され、固定費が段階的に積み上がる。

米国連邦CIO CouncilのApplication Rationalization Playbookでも「It’s common for components to be uncoordinated when purchasing applications, which leads to redundant purchases」と触れられている様に、微妙に重複するがちょっと違う機能が毎年部分的に追加されていくのである [1]。


なぜ「施策は正しいのに」コストだけが膨らむのか

1. 成果主義の運用不全

成果主義という言葉は一見聞こえが良い。
だが、組織にとって本当に必要な成果を定義し、評価として運用できているIT部門がどれほどあるだろうか。

現実の評価は、次に偏りやすい。

  • 何を新しく始めたか。
  • 何件導入したか。
  • どれだけ派手な効果を説明できるか。

本来は、次も同じだけ評価対象である。

  • 何を安全に止めたか。
  • 何を統合して重複を潰したか。
  • どれだけ将来固定費を減らしたか。

ところが実務では、この後者を実現する過程で必ず衝突・揉め事といった不快で心理的安全性を損なうような現実が発生する。
現場調整、権限再編、運用変更、責任分界の見直しは、誰かの既得権や都合に踏み込むからである。
そしてJTCでは、成果そのものよりも「衝突を起こすような人」というレッテルがマイナス評価されやすい。これは近年の心理的安全性重視の風潮により一層強化されている。
結果として、評価されるべき削減成果がありそうに見えても、そこに至る実行が止まる。

つまり、ここで問題なのは成果主義そのものである。
終身雇用・年功序列が崩れた環境では「将来も自分がお世話になるであろう会社」を長期でコスト最適化するというインセンティブが弱まり、短期で説明しやすい成果だけが優先される。
その帰結として、長期的に効くが反発や衝突、不快を伴う統廃合より、短期で見栄えのする追加施策が選ばれ、評価され続ける。

2. 「衝突のない削減」は評価されるが、「本丸の削減」は評価されにくい

成果主義+心理的安全性正義の価値観の下では、衝突のない削減(ツールやシステムの追加による効率化)は評価される。
これは分かりやすく、誰も大きく傷つかないからである。

だが本丸の削減は逆である。
既存の費用ソリューションを廃止・撤廃するには、必ず痛みが出る。

  • 利用部門に不便が出る。
  • 運用担当の業務フローが変わる。
  • 一時的な障害リスクが上がる。
  • 責任の押し付け合いが発生する。

この痛みを引き受ける意思決定は、聞こえが悪く、摩擦が大きい。
よって「本当に効く削減」ほど実行されにくくなるし評価もされず、実行不可能になる。

3. IT部門に変革を求める構図のずれ

経営はIT部門に変革を求める。
だが実際に業務変革を担うべき主体は実務側であり、ITはあくまでITである。

この役割分担が曖昧なままでは、IT部門にできることは「変革に使えるかもしれないソリューション」を増やすことに偏る。
結果として、現場の業務設計が追いつかないまま、ツールだけが社内に際限なく増殖する。

そしてIT部門は次を同時に要求される。

  • 新規施策は止めるな。
  • 障害は出すな。
  • コストは下げろ。

評価設計がない限り、これは両立しない。

4. 心理的安全性の誤読

心理的安全性は、一見もっともな話である。
心理的に安全で不安もなく、皆が和気あいあいと自由に意見を言い合える。理想の世界である。

だが同時に、それは物事が進みにくい世界でもある。
前向きな提案は通るが、誰かの仕事をなくす、誰かの仕事を不便にする、誰かに迷惑をかける意思決定とは基本的に両立しにくい。

その現実を見ないまま心理的安全性だけを掲げれば、導入は進んでも廃止・統廃合は止まり、維持費だけが残る。

5. トップの評価軸が「プレゼン可能性」に寄る

二言目には「現場主権」「現場の意見をよく聞け」と言って、決断責任を回避するトップも問題である。
現場は現場の都合を言うのが当たり前であり、それ自体は健全である。
だからこそ、全体最適の観点で痛みを伴う意思決定を恨まれる覚悟を背負って引き受けるのがトップの責務である。

外部から来た経営層やエリートコース出身の幹部が悪い、という単純な話ではない。
問題は、現場と技術の摩擦コストを体感していないまま、説明可能な成果だけを高く評価しがちな構造である。

プレゼンで綺麗に語れる改革は評価される。
一方、地味な統廃合、依存解消、契約整理、運用標準化は評価されにくい。
結果、ITコストは毎年膨らみ続ける。


統廃合が「いばらの道」になる理由

統廃合は、思いつきでできる作業ではない。
技術的な解像度のない者には、何を廃止し何をどこへ統合すべきか判断できない。

実行には最低でも次が必要である。

  • 依存関係の理解(業務、データ、権限、帳票、連携、監査)。
  • 移行時のリスク管理(並行稼働、ロールバック、教育、サポート)。
  • 廃止後の責任分解(誰が何を持つか)。

IT技術者軽視の風土が残る組織では、そもそもこの設計ができない。
さらに廃止は社内衝突を生む。衝突回避が出世要件になりがちなJTCでは、統廃合はほとんど無理ゲーになるのである。


毎年コストが増えるメカニズム(式で見る)

ざっくり言えば、年間のITコストは次の計算式で増えていく。

次年度コスト = 前年度固定費 + 新規施策の追加による固定費 - 廃止統合で削れた費用

多くの組織では、最後の「削れた費用」が小さすぎる。
なぜなら削減実行が不在で、評価も薄く、衝突コストだけが可視化されるからである。

だから毎年、AI導入やDX施策が華々しく追加されるほど、維持管理コストは複利的に増え続ける。
これは技術トレンドの問題ではなく、ガバナンスの問題である。


根本原因

要点を絞ると根本原因は四つである。

  1. 成果主義の運用が、追加投資を採点しやすく、廃止統合の実行を採点しにくい。
  2. 業務変革の主体(実務側)とITの役割(手段提供)が混線している。
  3. 心理的安全性の運用が、衝突や痛みを伴う意思決定を失わせる。
  4. 技術と現場の実情を知らない意思決定層が、見栄えの良い施策を選びやすい。

この四つが揃うと、担当者の善意だけでは止まらない雪だるま式のコスト増が訪れる。


解決策は・・・

解決策A:劇薬としてのコストカッター投入

強権的に削る。短期では効く。
だが副作用は大きい。現場の信頼、継続改善、将来投資まで傷める。

解決策B:現場と技術を知る責任者をトップに据え、統廃合を正式に評価する

こちらが本筋だろう。
必要なのは「削る文化」ではなく、終わらせる能力を評価する制度である。

具体的には次をセットで実行する。

  1. 痛みを伴う廃止・統廃合を最終判断できる責任者をトップに据える。
  2. KPIに「導入件数」だけでなく「統廃合完了件数」「削減固定費」「依存解消率」を入れる。
  3. 全社アーキテクチャ責任者に、重複機能の停止・統合の最終決裁権を与える。
  4. 既存システムのEOL待ちを禁止し、依存解消ロードマップを先に作る。
  5. 評価において「何を増やしたか」と同じ重みで「何を終了したか」を採点する。
  6. 統廃合プロジェクトに、業務側の責任者を必ずアサインする(ITだけでやらせない)。
  7. 痛み、衝突をむしろ正当に評価する。

これができれば、ITコストは構造的に下がり始めるだろう。・・・正直ちょっと厳しい気はする。特に7.はご時世的にも社会の流れ的にも難しそうではある。


実行の現実

ここで必要なのは、きれいなロードマップではない。
誰がどの痛みを引き受けるかを決めることである。

まずトップがやるべきことは単純である。

  • 廃止・統廃合を進める責任を明文化するとともに現場の怨嗟を引き受ける覚悟を決める。
  • 「皆の(現場の)意見をよく聞いて困らない様にやって」で逃げない。最終判断はトップが引き取る。どうあがいても本当の削減は誰かが困るのである。
  • 統廃合で生じる衝突を、担当者個人の問題にしない。組織の意思として処理する。

次に、現場とITに求めることも明確である。

  • 現場は「困る点」を具体化する。感情論ではなく具体的価値ベースで出す。
  • ITは依存関係と移行リスクを可視化する。できる・できないを曖昧にしない。
  • その上で、何を残し何を捨てるかを期限付きで決める。

結局、統廃合は技術論だけでは進まない。
衝突を引き受ける意思決定を、誰がやるかの話である。
それをトップが行わない限り、どれだけDXやAIを積んでもITコストは減らない。


反論への回答

「でも新規施策は必要だろう」

その通りである。
本稿は新規施策を否定していない。否定しているのは、痛みを伴う廃止・統廃合から逃げ続ける運用である。

「統廃合は現場が困る」

短期的には困る。
しかし統廃合を先送りすると、現場はより大きな複雑性と属人化で長期的に困る。
問題は痛みの有無ではなく、痛みをいつ払うかである。

「トップに適任者がいない」

きっとだからこそ貴社ではコストが増え続けているのである。


まとめ

事業会社のITコストが増え続ける理由は、成果主義・心理的安全性の複合により「痛みを伴わない効果創出」ばかりが成果として扱われ、現場や技術を知らないトップはプレゼンで評価するしかなく、もっともらしいキラキラ施策が次から次へ追加される一方で、痛みと現場・技術の覚悟を要する廃止・統廃合が進まないことにある。

AI導入もDX施策も、個別には正しい。
だが痛みを伴う廃止・統廃合を先送りしたまま積み上げれば、将来の維持費爆弾になる。

必要なのは、派手な改革を増やすことではない。
増やす力と同じだけ、終わらせる力を評価する経営である。
ここを変えない限り、来年も再来年も、ITコストは同じ理由で増え続ける。


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参考文献・公的レポート

[1] U.S. CIO Council, Application Rationalization Playbook. https://www.cio.gov/assets/files/Application-Rationalization-Playbook.pdf